れいがん茶屋 / Reigan Cafe

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れいがん茶屋


現場に初めて訪れたとき、海と空を背景にいまにも壊れそうな人の営みと家屋があり、その風景は美しかった。時間の流れに沿って、風景はゆっくりとそのディテールを変えてきたこと、地形はさらに緩やかに変化してきたこと、そして、今もなおゆっくりと動いていることを想像させられた。


エリア全体が天然記念物であるここは人間の営みよりも自然環境が尊重されるべき場所である。それは私たち人間が、自分たちのためのに作ったルールである。かつては多くの人々で賑わっていたが、時間は流れ、その賑わいは去っていった。建物がそこにあったであろう痕跡が散見される。建物のみならず、その場所自体をつくる秩序が、時間というしなやかな力によって、ゆっくり解かれ、自然という大きな秩序と一体化しようとしている。その過程をいままさに体験しているのだと感じた。守られるべき場所において、新たに建物を作ることは容易ではない。自然への不可逆な流れの中で、今まさに目にしているものは、私たち生命体も代々行っている大きな循環の一部分とも言える。


抗うことすら無意味に思えるこの大きな流れを身近に感じ、また自ら課したルールに沿って、その場に居続けることが許されるとするならば、どのようなあり方だろうか。時間の流れを切り取って観ると、自然の秩序によって作られていた場に、私たち人間の秩序が組み立てられ、また、自然の秩序の方が優位になってくるという均衡。その状況を肯定的に捉え、その場を作る秩序自体とすることはできないだろうか。そのいまにも解けそうな場所をできるだけそのままの状態で、またしばらくの間束ねておくようなやり方で建築とすることはできないだろうか。


複雑に絡みあった建築は、大正、昭和、平成という各時代に増改築が繰り返され、その度に用を変えながら生きながらえてきたものであった。原型はそもそもなかったのではないかと思うくらいに一体化されており、その佇まいは、まるで長年その地に立ち続ける大木のようにも感じられた。ある意味でその建築はその場で時間と共生を果たした建築であったとも言える。その全体性にとっては、もはやどこが新しいとか古いというような形容すら陳腐なほど、時間の積み上げは重く、懐が深い。そして、何よりもそこはかとなく魅力的であった。まるで敷地そのものであるとも感じられる建物自体を主体とし、敷地全体を新しいイメージに作り替える方法として、建築の足元に丘のような地形を作ることにした。地面の起伏で再統合されることによって、建築と人間の関係性が変わり、建築も含めて全体が地形そのもののようになった。


その場に新しく秩序を与えられさえすれば、やり方は問題ではないのかもしれない。その場の一部が新しくなろうが、大半が新しくなろうが、いずれにせよ、少し俯瞰すれば部分であることに違いない。その場にあったものと、新しく持ち込んだものを組み合わせ、その場に新しいイメージとしての総体を作れさえすればよい。場合によっては、新しい秩序をつくるために新しいものを持ち込むことすら必要ないのかもしれない。古いものだけを使っても新しいイメージを作ることは可能だ。解けつつあった場所を、可能な限り繊細な力で強く束ねた結果、新しくつくられたような、昔からあったかのような建築が生まれ、不思議な心地よさをもつ場所になった。そこから眺める風景は、私たちにとって今も昔も美しく、心地よい。

Project  :  Reigan Cafe
Program  :  Cafe / Shop

Type  :  Renovation
Location  :  Kagawa, Japan

Year  :  2021
Status  :  Completed
Collaborators  :  Yoshiyuki Hiraiwa (Structure Engineer)

Project Team  :  Takashi Suo, Atsuki Onogi

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